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第五回 こやマやこさん

◆かわゆいと思うもの其の壱◆
台所の神


 わたしの台所の神は、裏の家のおじいさんの飼っている鶏に化けることが多い。鶏のフリをしてコンクリートの塀の小さくあいた穴から放り出される美味しい残飯をつつく。台所の神は名の通り、食いしん坊なのだ。
 冷蔵庫の前で待機する神。コンクリートの地面が波打って冷蔵庫から出したばかりの青唐辛子やら熟れてぐじゅぐじゅになったマンゴーやら半熟のゆで卵やらが吸い込まれるように落ちてしまうことがある。そんなとき、ちょっと足下がふらつく。指の指紋が溶けたかと思うようなその瞬間、しまった、と思う。
 
 「またやってくれたわね。」
ちょっと怒ったように言ってみる。神は知らんぷりをして台所の壁を通り抜け、裏の鶏の風になっている。落ちたものは、3秒ルールが通用しないこの家では、つまめるものは必ず裏の鶏に放り投げてやることにしている。(3秒ルールを用いらないのはこの湿度と高温と、うちに住みついてしまった鼠の大家族のせいである。ちなみに必ず裏の鶏に放り投げてやるのは、神になんとなく敬意を示しているから。)
つまめないものはそのままにしておく。(面倒臭いから。)暗黙の了解のルールだ。それを知っているから神は鶏になって吸い落とした御馳走を待つのである。

 「鶏ゃあ、辛いもの食べると鳴き声が透き通るように、甲高くなる。」
永年、鶏を飼い続けている裏のおじいさんに感謝された。うちの残飯に唐辛子が混じってることが多いからだ。ここに引っ越してきて間もなくして、残飯を塀の穴から捨てはじめた頃は、裏のおじいさんに怒鳴られはしないかと、びくびくしたものだ。今では、こんなふうなので感謝されながら堂々と捨てている。
 神の鳴く声は相当ご立派なものに違いない。でも、神とおじいちゃんの鶏との差は大してないみたい。だって、よくよく見ても判らないし、よくよく聞いても判らない。

 毎朝、地主神と招き女を拝むとき、ひょっとした瞬間にぞくぞくする。(この国には中華系の地主神の「おじいさんとおばあさん像」を奉る習慣がある。「招き女」というのは正座をした女が招き猫のように 右手を耳のわき辺りまであげて招く、商売繁盛の女神のこと。)
猫と女

 じぃーっとわたしを見ている台所の神がそこにいる気がする。線香は地主神が5本、招き女が9本、って決まってる。5本取ったつもりが6本だったり、9本のつもりが10本だったりすると、嗚呼また呼んでるよ、台所が、って思う。台所の神を拝むときは線香、1本だから。近くの寺の住職に教わった。今朝だって、地主神のとき、6本取り出してしまった。こんなとき、おみくじを引いているような気分になる。1本多いときは台所がざわめく。やたら欲しがっている。2本多いとき、3本多いときは特に問題無し。少なかったときは慎重に不足している本数のみを抜き取る。
それでも1本多かったときはその日一日が台所様に振り回される、とか。そんなふうに勝手に解釈するのだ。

 好物の唐辛子には要注意。新レシピにもご用心。必ず一欠片、または一口分落ちる。
 「あら、おっちょこちょいね。」
なんて神はわたしに話し掛けたりする。話し掛けないときもある。すっと手に取って、満足そうに眺めたりしている。そのときの神は台所の地面に広く広く広がってる。返してよ、って言ってやりたいけど返してもらったところでわたしは食べられないのでなんとなく腹が立ち、広がった神をずんずんふんずけてみる。踏まれても痛くないみたい。踏めば踏む程、にやにやしながら広がってく。広がって、広がって壁の辺りで縮んだかと思うとすぅーっと消えた。
「こけこっこー。もっと、もっと。」
台所神と台所


 「こっ、こっ、こっ、こっ、こっー。こっ、こっ、こっ、こっ、こっー。お昼ですよ。こっ、こっ、こっ、こっ、こっー。」
神の鳴き声を真似て呼んでみる。何十羽という鶏が塀に群がってくる。神を捜せ。残飯用の穴に目を近付け、必死で偉そうな鶏を追うが、余りにも沢山いるので誰が誰なんだか判らない。
 「神がいたらおおいめにあげようと思ったのに。」
わざとらしく大声で神に聞こえるように叫んでみる。突然、塀を飛び越えようとする怪しげな鶏を発見。あら、あなたが台所の神ね。残念、残念、今日のお昼の残飯はこれでおしまいなの。
 神らしき鶏は塀の中に消えたかと思うと、台所に入ってきた。鶏の気配だけがこっ、こっ、とわたしのつま先辺りをうろついている。台所を出ようとして、ビーチサンダルからはみ出た中指がつつかれるのを感じた。
「いてっ。なにするの。」
鶏はどんどんつつく。もうないってば。だからないって。鶏はますますつつく。
 ふと思い出した。住職が随分前、言ってた。
「霊は欲しても食べれない。口は針の穴のように小さくてね。見たり、臭いを嗅いだりして楽しんでるんだよ。自分のものになっただけで満足なんだよ」
って。ああそうか、わかったよ、わかったってば。ちゃんと夕方また、見せてあげるから。もういいでしょう。
台所神と冷蔵庫

 この日の昼、神はほんとうに食べ足りなかったらしい。昼下がりになるとわたしは体中がだるくって、つくねを作っていても上手くいかなかった。大き過ぎたり、小さ過ぎたり。更に停電するわ、水は流れないわでいらいらした。こばらも空いている。

 そうだチキンソーセージでも食べよう。真空パックから取り出した。まな板の上に置いてビニールをゴミ箱に捨てる。まな板に戻るとソーセージがない。壁の穴から気配が流れてくる。案の定、チキンソーセージはまるまる一本、台所の床にころがっていた。
「本当は食べられない癖に、わたしの横取りしたりして。」
しかも、こんなに沢山。まるまる一本、って更に続けようとしたけど、言い過ぎはよくないだろうと思って唾を飲んで睨んでやった。
 「いいじゃん。美味しそうなんだもん。落ちなきゃ食べれないでしょう。」(ここの国では、台所の神ような類いの神は落ちたもの、あるいは捧げられたものしか手を出してはいけない、という決まりがある。これも近くの寺の住職から教わった。)
いくらなんでも、まるまる一本はやり過ぎでしょう。お陰で、わたしの夕飯、なんにしろっていうの。
 つまんで裏に放り投げてあげなきゃ鶏は食べられないのよ。でもなきゃあ、どうせ腐ったり、乾いていったり。鼠が、蟻が来て、食べってったりするのに。落ちてしまったチキンソーセージを人さし指でつつきながら口を尖らせると神は、「ケチ」とひとこと、言い放った。
 「鶏になったって食べらりゃあしないのに。」
いじめてやった。
地主神

 「いいんだ。つつくフリだって楽しい。つつくフリがいいんだ。だから鶏になるんだ。ちゃんとみかけや臭いで美味しい、不味いとあんたに気付かせてやってるのも神の立派な仕事だ。あんたのつくね商売だって神のお陰で繁盛しているんだ。わかるか。」
わかるか、ときたか。そうだったのか。わたしの腕前っていうのは神が操ってるのか。なんだかお節介な神だ。わかってたまるか。でも、本当にそうなのかも知れないね。ありがとう。そういうことにしときましょう。一応。手を合わせる。今朝、一本多く取り出してしまった線香を立てたりして。
 わたしの適当な態度にも気付かず、偉そうに、台所の神は手を組んで頷いたりなんかしてる。
 わたしはそんな神がすきだ。


(つづく)


◆プロフィール◆
こやマやこ(こやままやこ)
日本滞在暦19年。 タイ国滞在暦4年。
その他4年。現在タイ国にて和風喫茶とつくね屋を経営する。愛兎3匹の母。
特技は台所の神のような類いの神々をペットのように扱うこと。
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